京都市山科区の大石神社は、赤穂藩の家老であった大石内蔵助(おおいしくらのすけ)を祀る神社です。
ご存知のとおり、主君のあだ討ち計画を幕府に感づかれないように、大石内蔵助は、京都で遊びほうけるふりをしていたといわれます。そのときの住居が、京都市街から滋賀県大津につながる途中の”山科(やましな)”にありました。
大石内蔵助を祀る大石神社には、大きな枝垂れ桜が一本あり、大石桜と命名されています。
枝垂れ枝が地面届くほど見事に花開く桜です。「大願成就」した赤穂浪士にふさわしい桜だと思います。
余談ですが、内蔵助は、宇治の万屋(よろずや)という御茶屋で遊んでいたといわれます。この万屋から、暖簾分けしたのが、祇園花見小路の入り口にある御茶屋”一力(いちりき)”と聞いています。”万”の字を上下に分けると”一”と”力”ということだそうです。